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長崎島原 銀杏(ギンナン)有馬の町おこし

島原の乱の舞台となった原城跡

島原の乱の舞台となった原城跡

1496年に築城された、原城跡。島原の乱の舞台としても有名です。

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現在は城の跡を示すものはほとんど残っていませんが発掘調査の際には、鉛の弾丸やクルスの他、万人坑が出土しました。
キリシタン文化がこの地に入り、やがて終焉の時を迎えるきっかけとなったのが
この島原の乱です。

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宗教による一揆と思われがちですが、それだけではないと言われています。実際は当時の長く厳しい悪政に耐えかねたこの地の農民達が、若くカリスマ性のあった天草四郎を一揆群の総大将として決起しました。当時は凶作が続き、さらに年貢の負担もどんどん重くなっていきました。年貢を納められない農民は厳しい処罰を受け、飢えに苦しむ人々も多くいました。さらにキリスト教徒が多く存在したこの地では、改宗を拒否した農民達を雲仙地獄に投げ込むなど大変残酷な弾圧が繰り返されました。
キリスト教が流れ込んだこの地は、キリスト教の普及によって精神性が高まり、知的向上、まじめで礼節正しい少年達を育てました。しかしやがては、凶作や弾圧に苦しみ、多くの農民達がこの地で命を落としました。

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島原の乱の後、この地は人々が去り、農民がほとんどいなくなってしまいました。その後この地に移り住んだ人々が少しずつ開墾を行い、現在に至っています。

農業生産法人株式会社セミナリヨの丘銀杏畑
長崎県島原市北有馬町戊151番地
TEL:0957-84-2636/FAX:0957-84-3382

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